高級会員制倶楽部 平家物語

我が領地によくぞ来た。領主の徳盛である。親族には大盛、盛盛、メガ盛もいる。なお、我が国は鎖国しているので、相互リンクなどはお断りじゃ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

嗚呼、地蔵様

大原、寂光院。

IMG_2062 (640x427)

我が領国と同じ名の文学作品「平家物語」の重要な舞台ともなっている。
平家滅亡後、ここに住んだ建礼門院と阿波内侍の許に後白河法皇が訪ねて来て、昔話をしたという。
大原御行という話じゃ。

IMG_2064 (640x427)


IMG_2063 (640x427)

この本堂だが、残念ながら、源平興亡の頃からある物ではない。
平成十二年に放火により全焼。
五年後に再建されたものである。
許せぬ奴がいるものじゃ。
そのような者は市中引き回しの上、打ち首、獄門に処す。
と言いたいところじゃが、残念ながら大原は予の領地ではないので、予の命は行き届かぬ。

この時に本尊である地蔵菩薩像も焼けたのだが、本堂が焼け崩れた中、地蔵像は焼損しながらも倒れることなく立っていたという。
何やら想像すると、神々しくも思える話じゃ。
焼損のために現在は保管庫に入れられていて、今の本堂には新たに作られた地蔵菩薩像が安置されておる。

この寂光院は聖徳太子の創建と伝えられていて、平家滅亡後に隠棲した建礼門院とは平清盛の娘。
建礼門院に仕えた阿波内侍というのは清盛の盟友、信西の娘。
わかりやすく、今年の大河ドラマ「平清盛」の登場人物に例えると、
マツケンの娘と阿部サダヲの娘の所に、松田翔太が訪ねてきたというのが、大原御行という場面。
しかし、低視聴率という「平清盛」をどれだけの者が視聴しておるかのう。

また、大原女とは、阿波内侍の格好を土地の娘が真似し始めたのが始まりとされておる。
おっと、ようやく前回と話が繋がったわい。

さて、建礼門院という女だが、、、、おっと、その話はまた別の機会じゃ。
スポンサーサイト
  1. 2012/05/05(土) 21:26:32|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:4
<<流転 | ホーム | 大原の女>>

コメント

大原三千院からさほど遠くないところだったような???

健礼門院のお話、是非お聞かせください。
  1. 2012/05/05(土) 22:15:28 |
  2. URL |
  3. 爺っちゃん #Ic2Ckdxw
  4. [ 編集 ]

話のつなぎ方が巧みですね
卓越した文才を感じます

福原京などの舞台となった神戸では、
あちこちにポスターを貼って盛り上げようと躍起です
でも福原が今は、ソープランド街になっているので
そこへは話題が行かないようですし、私も行きません

大河ドラマは、まず見なくなりました
  1. 2012/05/05(土) 23:19:21 |
  2. URL |
  3. FREUDE #6AWUBD.o
  4. [ 編集 ]

はじめまして

コメントありがとうございます<(_ _)>
歴史ある建物への放火事件があちこちでありますよね
そんなことをして何になるのか理解不能です
市中引き回しの上、打ち首、獄門にしてやりたいですね
いつかは行ってみたいと思っていたのに(-"-;)
  1. 2012/05/06(日) 23:46:17 |
  2. URL |
  3. mokko #R2gDtgJg
  4. [ 編集 ]

はじめまして
先日はコメントありがとうございました。
寂光院・・・ほんま放火許せませんね・・・
何年か前に行ったとき焼けた柱?
火事の傷跡が生々しく置いてあったのですごく
悲しかったです。
  1. 2012/05/08(火) 20:56:38 |
  2. URL |
  3. 杜若 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://taira10.blog.fc2.com/tb.php/2-08c4bf9f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

平徳盛

Author:平徳盛
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
旅 (29)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。