高級会員制倶楽部 平家物語

我が領地によくぞ来た。領主の徳盛である。親族には大盛、盛盛、メガ盛もいる。なお、我が国は鎖国しているので、相互リンクなどはお断りじゃ。

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流転

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この石段を登った所にあるのが、建礼門院の御陵。
昔は寂光院の境内地だったそうだが、現在は宮内庁の管理となっておる。
明治になって、神仏分離令が出されると、皇族の墓などは仏教ではなく神道により祭祀されることとなったからじゃ。

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建礼門院とは出家後の法号であり、俗世にあった頃の名前は徳子。
平清盛の娘じゃ。
高倉天皇の后となり、生まれた皇子は安徳天皇として即位。
これにより、平清盛は天皇の外祖父となり、太政大臣として権力を掌握。
徳子も国母として敬われる身分に。

しかし、彼女は随分と変転の多い人生を送ることとなる。
平家物語、大原御行でも、自身で生きながら六道輪廻をしたようなものと語っておる。
天上界かとも思われる宮廷での生活。
しかし、源氏が勃興すると平家は都から追われ、徳子も武士同士の争いという修羅の巷に巻き込まれることに。
血腥い戦の中、身内や名もなき兵の死という地獄のような光景も目にしたことじゃろう。

西へと追い詰められた平家一門は壇ノ浦にて滅亡。
徳子の母、二位の尼は徳子の子である安徳帝を抱いて入水。
徳子自身も海に飛び込んだものの、幸か不幸か源氏に助け出された。
その時に、敵将である源義経との間に何かあったのではないかという下世話な噂もあったとか。

その後、都の長楽寺にて出家。
寂光院にて、一門の菩提を弔う暮らしを送ったという。

さて、彼女は死後は極楽浄土へ旅立ったのか、既に生きている間に六道輪廻をしたということで、輪廻を止めて解脱したかのう。
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  1. 2012/05/07(月) 17:03:38|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:3
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コメント

壇ノ浦で判断もつかない幼子無理心中、
いけませんなあ…

何とか生きて行く方法はなかったのかと
現代の発想から逸脱できずにいます

何があっても生きなければいけない、と信じております
  1. 2012/05/07(月) 20:54:55 |
  2. URL |
  3. FREUDE #6AWUBD.o
  4. [ 編集 ]

建礼門院のことありがとうございます。
言い訳ですが、総会を控え訪問ができませんでした。
  1. 2012/05/11(金) 08:58:08 |
  2. URL |
  3. かごしま #Ic2Ckdxw
  4. [ 編集 ]

登る石段の風景が良いですね。

この石段を上りきった時の充実感が感じる風景ですね。
  1. 2012/07/09(月) 08:55:31 |
  2. URL |
  3. トイチ #-
  4. [ 編集 ]

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